2008年08月06日

ジャガーXJ6

昨日に引き続き、親父の車遍歴を・・・。

当時38歳にして「アメ車」に乗った親父には、その車人生を大きく左右する出会いがあった。

「2台目の外車」として親父が購入した「ジャガーXJ6」がそうだ。

XJサルーンの歴史は長くて「初代XJ6」がデビューしたのは1968年。

ディーラーの薦めで程度の良い「中古車」として、親父が乗って帰ってきたのも「初代XJ6」。

その車は、後にシリーズ2と呼ばれる型だった。

中学生のワシにとっては「フェラーリ」や「ランボルギーニ」と云ったスーパーカーは、ブームのお陰で良く知っていたけれど、サルーン系の「ジャガー」は、親父が買って初めて知った車だったのである。

それでもその「流麗なフォルム」は、子供心にも「上品で綺麗な車」という印象を持った。特に後姿が艶やかだった。

この艶姿は、後部座席の居住性を犠牲にしたもの(特に頭上空間が狭い!)だったけれど、ワシの指定席は既に助手席になっていた。

白いボディに内装はシックな「赤色」の革張り。

エンジンのパワーとかはそんなにすごいもんでもないけれど(多分3.2リッターだったと思う)、ワシにとってはその乗り心地が最高に良かった。

乗り込んでも「マーキュリー」の時のような匂いもしないし、走っていてもいつまでも残る不自然な揺れもない。

ワシの車酔いもすっかりなくなったのでした。

家族大絶賛だったけれど、中古の英国車は不具合も多くて・・・どれくらいの期間乗ったか憶えてないけど、程なく乗り換えとなった。

だから当然の如く、親父は「2台目のジャガーXJ6」は新車で買ったのであった。

当時、知り合い及び近所の視線を少しでも和らげ、乗換えた印象を与えないようにと、今度のXJ6もボディの色は白だった。

後にシリーズ3と云われるこの車は、4.2リッター6気筒エンジンを積んでいて、内装は「クリーム色」の革張り。

テールレンズのデザインがシリーズ2よりもスッキリした一体型になったが、全体のフォルムは変わらずに上品な後姿に磨きがかかった感じだった。

親父がこの形式のXJサルーンを乗り継いだ理由も、この後姿であったようだ。

「3台目のXJ6」が来たのはワシが大学生の頃だったかな?

ホイールが穴だらけの新デザインで、またまた白い車体。

これも当然シリーズ3だったけど「Vanden Plas」グレードだったな。

ヘッドライトにワイパーが付いてたり、サイドモールが特別製だったり・・・とにかく「初めからフルオプション」みたいな車だった。

結果的にはこの車に、親父としては比較的長い期間乗るハメになってしまう。

そう、1986年にフルモデルチェンジした「初代XJ」は「2代目XJ = XJ40系」となり、世界中のジャガーファンをがっかりさせたハズだ。

新型「XJ40」のカタログを前に、親父もガッカリしてたっけ。

(まだ続きますよ・・・)



posted by クラウン at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 乗物の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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